はみだしもの雑記〈やわらぎ 〉

迷惑かけたらごめんなさい。

逝きし世の音・・

下北半島の恐山を初めて訪ねたのは、もう25年も前になるだろうか。

無計画に車で東京を出て、気が向くままに海伝いに北上し、到着したのは三日目の深夜の1時をまわっていた。
霊場に入るのに塀があることを想定していなかったので、しばらく駐車場をうろうろしていたら、門の下の隙間から恐ろしく背中の丸まったお爺さんが「入るのかね?」と声をかけてきた。
入ります!と即答。
真夜中の非常識な訪問者に「温泉は勝手に入りなさい」と言い残してお爺さんはボロ屋に消えた。

星空で意外と明るい恐山の本堂を囲む小高い傾斜に沿って、写真で見た事のある風景が広がり、夥しい数の風車が地蔵や卒塔婆に寄り添うように挿してある。
その荒涼とした美しい風景にしばらく浸っていたが、山中ロウソクの火が着いた情景を思い浮かべた途端、手あたり次第に線香と蝋燭をつけて回った。
どこまでも続くかと思われた景色の現実は意外とこじんまりとしていて、一時間程霊場中を歩き回って宇曽利湖に出た。

恐山は宇曽利湖に接していて、その宇曽利湖を囲む八つの外輪山もまた霊場になっている。
この真夜中の宇曽利湖が素晴らしい。
湖面に映る月灯りが湖畔の色を硫黄の黄色から緑、深い青のグラデーションに赤が混じり、砂地から湖底に向かってなだらかな波模様を描くこの世ならぬ景色が広がっていたが、その景色に釘づけになる。
後に訪れた時も、夕方だったり朝方だったりしたけど、変わらず全てが消える静けさがそこにはあった。

下北半島では亡くなった人は皆恐山に帰ってくると言うが、ここが霊山と云われる理由が分かる気がする。

恐山の玄関口に位置する菩提寺は、天台宗の円仁が創建し、後に曹洞宗に変わっている。それ以前、仏教以前に蝦夷と呼ばれた人達を含め縄文期からのこの山は、この地に住む人々にとってあの世への境界だったのだろう。

あれから二度訪ねたが、宿坊は建て直されて近代的なホテルになり、山の中は風車や人形も卒塔婆も取り除かれて小綺麗になっていたのには少しガッカリした。
知人が言うには霊場自体のエネルギーが強くなり過ぎて掃除したらしい。
宇曽利湖の砂浜の色も失われていたのが残念すぎるが、これは季節の関係かな?

宿坊に泊まると、南直哉と言う噺家みたいなお坊さんの漫談が聞ける。
朝のお勤めに参加すれば、ご本尊様〈地蔵菩薩)が拝めるのだけど、これが流石に凄い。いやほんとに凄い。

この場所の静けさはそれからずっと心の片隅にある。自分の何かがこの世界と繋がっている場所と感じる。
あの時の自分だから感じた美しさだったとしても、それはこの場所を想ってきた土地の人達に繋がって、これからも支えられていくのだろう。

その外にある世界は、自分の内側にもある。僕にとって恐山は外世界との接点のようなもの。
(この相似形の拡張をオカルティズムと言うけど、西洋的な視点では文明による自然界の解釈において、神秘的なものを自然の上位にある非物質な世界とのシンクロニシティ中心に考えてきた)
内の世界からの接点は「静けさ」、いろいろなものが消えていくような場所。
あるヨギの著書に、師が自分の胸を触った途端に全ての音が消え何も聞こえなくなった。と言う記述があったから、胸は一つの鍵かもしれないが、何も聞こえないのと静けさとはやはり違う。
精神世界では単独で「聞こえない」になるのかもしれないが、身体世界では「消える静けさ」は、聞こえないではなく外世界と内世界の双方向に存在する音。

そしてそれは「死」の世界、生と死を映し出したものでもあるように思う。

人の身体を相手に仕事をすると、死者に出会う事は多い。とばっちりで怨みをもらったり、精気をごっそり抜かれたりでしばらく自分が死者に近い人になってしまう。
・・まぁいつもそんな感じだけど。
因みに治療師でもあるシャーマンは常に個人から共同体、共同体から地域、人間と生命の風景全体に目を向けてきた。つまり人間以外の種や大地との関係要素が重要で、自然界からの恩惠を強制的に搾取しようとする現代文明にはない、平衡の思考があって自然界への儀式、人間共同体との相互交流を司る技術なくして病や共同体に入り込んだ不安定を取り除くことは出来ないと考えていた。これは至極まっとうな知恵ではないか。
身体は何故そんな反応を起こすのか?シャーマニズムを精神的世界と捉えているなら間違いで、身体レベルの出来事を言語化した時の形容の仕方が誤解され易く、またシャーマン側もそれを利用して共同体から距離を置いている。
この自然界とのバランスを失った現代都市生活で生きた身体を研究すると、自然界と相互交流する身体もまた自然界のダメージと平衡して生きた身体の失われているのを観る。

死者と言えば、幾十人の死に出会ってきたけど結末はいろいろ。
なかなか自力で成仏するのは難しい。
その人の死と言う一個の出来事を、生きている自分が飲み込まざるを得ない時もある。
その人にとっての肉体の苦しみは終わっても精神の苦しみは終わるだろうか。
一つの人生の終わりが道連れに終わらせるものは、生きている自分と異なる人生を同じ時に生きている客観性だったのに、死して客観性が消え、我が内界に響く余韻はそんな人生だった事をあきらめることができないと私の生を見つめる。それは自分なのか、その人なのか境目はもはやない。
これも生命の折り重なる時間のいたずら。
自分がなのか、彼がなのかは分からない。分からないけど、諦めれば優しくはなれるよ。そういうしかない。
諦めた時に消えて行く景色を、人は美しいと感じるだろう。恐山の宇曽利湖に吹く風のように。(なんちゃってー)

・・・この風も山も密教で言うルンのこと、寺社や神社にお参りするのも身体内の構造や経験に関わる事か、と気がついたのは最近。
ー個性は場所に繋がる。ー
整体における身体内での原則と同じだ。
「場」が荒れても、「局所」が荒れても繋がりが活動していれば、現象は表に出てくる。それを「相」と呼べば相は転移する。
身近には住居とか仕事場との関係も同じ。
いわゆる「風水」にはいくつもの経験法則がある。ある場所では失敗した事業と同業種の事業は成功しないとか、四階以上の階に住んではならないとか。
近所に定食屋が入れば必ず成功する物件がある。だいたい二、三年で忙しくなり過ぎるのか、出て行くけれど、商店街からは外れているのに人が集まる。
開業するのは決まって女性で、柔らかい雰囲気の人。それがまた似合っている。
場所も人を選ぶんだなぁと思う。
二、三年で変わっていくのはその場のサイクルなのかもしれない。
恐山の宿坊が建て直されたのも同じその場のサイクルなのかもしれないけれど、場の中の人の流れ方を変えたりすればもっと長続きすると思うんだけど。
で、これはそのまま個人の身体内での出来事に当てはまる。

タイトルが「逝きし世の音」なので、音の話しに戻らないといけないのだけど、「場」が〈静けさ〉であればそこにある音は静けさに所属するということになるだろう。
・・・今年の研究会も終わり、最後は[祖師谷姉妹]で課題だった名プレイヤーを体験する。音楽を奏でるとはどんな身体感覚か、という事を体験してみるところまで、なんとか辿り着いた。
これは「場」を変えているということになります。細部の技量は別だけど、この「場」の中で仕上げていくので、場が変わると運動系も変わる。
体験している間、上手になってもこれは借り物。借り物だけどある複雑な運動を一定水準越える方向に意識させるには、一時的にここを押さえておきたかったのでほっとしています。
芸能は師匠の真似から始まります。お坊さんはお釈迦さまの真似を修行します。身体の伝承は芸能、工芸、から神仏の真似にまで及びます。
普通、身体と言うより精神的にセンサーを張り巡らしているほど、より強力に「被り」と言った現象がリアリティを増してきます。

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それを「身体は真似をしてしまうもの」と言う前提にすると、至るところは社会性による意識と知覚を脱ぎ捨てる事によってより大きな叫び、踊り、身振り、声などを聴く身体本来の自然との繋がりに回帰していくことになるでしょう。

普通師が弟子に教授するレッスンの現場では細部の間違い探しを堂々巡りしてしまいます。その難しさに起因するものの第一は身体の違いです。
体癖による違いもありますが、大雑把に深さの違いを見れば、一番表層は自分の外世界に向けられた感覚領域で、感覚的というよりも客観性の触感が主になって刺激反射作用を起こしやすくなります。
その為、記号どおりにプレーされる事が評価基準となります。
社会的な私とか、ファッション、CGみたいな表情も無いのに綺麗に見せるコミュニケーションです。
次に内面の世界。外との境を認識しながら身体内空間を捉えています。ここでは既に社会的不快記号としての痛みや凝りと言ったものは一般的観念と様相を異にします。
更に奥になると外世界は消えていきます。そこにあるものは抽象的です。
さらに壁の向こうに生命世界の様なものがありますが、最近はすっかり痩せてしまったので、力ずくで入らないようにしています。
また、様々な心理的身体と言うか形而上に対応した身体があります。
身体の「真似」はそれらの場の中での変態なのではないかと思います。
この深さは皆んな経験して来ているはずです。5、6歳までは奥の感覚、中学生くらいまでは内の感覚、それ以降外の感覚に似ていると気付いた人もいますが、幼児期に大人の対応を洞察力や中身の薄いものと感じてきた理由は身体の表層が形成されていなかったからでしょう。現代の情報社会はますます薄い方向に向かっていますが、ここにはいろいろな悲喜劇が起こります。。それについては長くなるのでまたにしますが、子供の成長はこんな社会じゃ無ければ遅い方が良い。じっくりその時を深めた方が良いのです。
一時期いろいろな人物の写真を使って、この深さと身体の違いを認識してみようとしました。
例えば腰椎一番に触れるだけでも対象の深さによって働きの異なる、それぞれが違う身体になってしまいます。
対象とする人物のあり方で、結構予想外の事態も起きたりするし、病的なものを抱えていれば被ってしまうこともあります。
こちらが何を受信しようとするかにもよりますが、それはそれで一過性のブームに終わりました。
一方で、シャーマニズムにおいて自然界の何かを真似る、或いは置き換える、また無意識に接続してきた対象を再現することは、身体奥の場に浮かぶいくつもの極点が生命界との相互の交流を回復する事になります。

自然界に存在する音を人は作り出せるのか?これこそ、多くのプレイヤーが追い求めてきた音楽への入り口でしょう。
上記の筋を通せば、自然界に何を贈るのか?と言う問題にもなります。
通常の作り出すと言う作為は、音の中に感じ取られます。それは、いかに美しい響きであっても客観的な出来事になります。
去年芸大のモーニングでの演奏の事もそうだけど、究極その音は、旋律や音程のズレも音楽センスのダサさも、技巧や音色のあれこれも、全てを聴く側の体験から消してしまいます。
その時、プレイヤー側からすれば「自分」に対する他者がいない。例えば自分より上手とか、下手とか、自分は惨めとか、不幸とか、あの人の方が幸せとかの比較対象が無い。
比較対象が無ければ自分は「世界」で自分がいる必要もない。その時凡ゆるものとの異質性が消えます。それは社会性からくる意識と知覚を脱ぎ捨てるところから始まります。
そう言う鎌倉仏教的と言うか、オーソドックスなロジックがマグレで顔を出す事があります。
今年五月、「祖師谷姉妹」と名付けた三人組のレッスンを観ていた時に、何かの流れで身体の集中が高まって、この音を出してくれた事がありました。
本人には全く弾いている実感はないのだけど、周りは自然とそこに引き込まれる。
ただ美しい・・と言う体験。
この時の「実感が無い」は正解。
まぁご本人はある身体感覚に集中していたはずなのですが、再現にはいろいろ調べる必要がありましたから、次回のチャンスを伺っています。

身体と言うのは人間がいくら科学的手を加えてたところで、原始的なものです。
この原始性の分岐した末端の知能がちょっとやそっとじゃ原始的な身体を把握出来るわけがありません。

三年前に知り合った釧路の友人がとても面白い話しを聞かせてくれました。
その土地は昔からのアイヌの人達が住んでいて、その生活と身近に触れ合っている彼女の話しは、本屋で手にすることの出来る資料とか、資料館から理解出来ることとは違います。
森の生活から生まれた共同体は、各個人の森や湿原との同化から生まれる。
そこには余分な所有など無く、根本には文字すらない。文字がなければ意識から発生する苦悩が無い。
だからか、生きるのは、他の動物達と同じ土地からの恩寵によるプレゼンスに生かされているのであって、農耕共同体とは違い、そこでは、作物や富を得ようとする必要はなく、与えられるのがなんの不思議もない循環で、他者との共同体「意識」ではなく、自分と環境との同化関係が主体になっています。
そして、他の動物と同じように生きたら死ぬ。そこには何も残らないし、残さない。
世界中でそんな文明の毒を食い止めた地域はごく僅かしかありません。
コンゴのピグミーも、ブラジルの未開部族も近代文明に免疫がなく、研究者が入った途端に数年のうちには消滅を免れない危機に瀕しています。
アイヌも生活を送る人が少なくなり、消滅は目前まで来ているようだけど、彼女には是非貴重な体験を残してもらいたいと思います。

多くの宗教に見られるように、人間精神が苦行の果てに求めているのは、このアイヌやピグミーのような精神の在りよう。精神の消えようなのだから、皮肉で悲劇的だと言えないでしょうか。